ふるふる哲学

今までいろいろな教えに触れてきましたが、私は「神人さん」の教えが、真の教えとしてとてもわかりやすく感じました。 神人さんの教えに興味のある方は「神人講演会」に参加されることをおすすめいたします。

未設定

自由意志と決定論

投稿日:

自由意志は存在しないというのが、科学の定説になっているとのことです。
けど、「自由意志」というこの主観的な感覚は実際に存在します。
それにもし、本当に自由意志は存在しないのであれば、「なぜ主観的な意識というこの今感じている感覚があるのか?」と私は疑問に感じざるおえません。

そこで、私が思い出したのは…
『水槽の脳シミュレーション仮説』という類いのシミュレーション仮説です。

実際にこの「人生の物語」というのは、あらかじめ全て決まっている決定論的世界ではあるけど、
そのあらかじめ決まっている人生の物語を「シミュレーション」として経験している、水槽の脳がある側の世界があるのではないか?と思うのです。
それを想定することで、「なぜ主観的な意識というこの今感じている感覚があるのか?」の疑問が解消されるような気がします。

忍者AdMax



忍者AdMax



-未設定

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

no image

アカシックレコード

デートスポットとして名高い、お台場。 ネオン輝く夜の夜景を背景に、僕は彼女と二人っきりのひと時を過ごしていた。 (ああ・・・このままずっとこの幸せなひと時が続けば良いのに・・・) 刻々と近づく、今日と …

no image

可能性としてすでに未来は決定しているが、現実としてはまだ存在していないというタイプの決定論的世界である

~補足1~論理的に「世界」そのものを語ることはそもそも不可能である。無限後退… の先に何があるのだろうか… 語ることはできない。「一者」というのは、そもそも存在をも超越した存在であり、人が知覚すること …

no image

お釈迦様はなぜ悟ったのか?について

インドにおいては、ヴェーダによって神話が伝えられ、ウパニシャッドによって哲学的な意味が伝えられた。そして、六派哲学、沙門の思想によって様々な解釈が行われた。 ウパニシャッド哲学:梵我一如【正統派:六派 …

no image

意志はいかなる目標も限界もない。 意志は終わるところを知らぬ努力である。

ショーペンハウアー(著)「意志と表象としての世界」第29節:意志はいかなる目標も限界もない。 意志は終わるところを知らぬ努力である。 を読んで、はっとさせられました。 人生とは終わり無き努力であり、こ …

no image

志向的クオリアの階層性について

茂木健一郎氏は、志向的クオリアの階層性についてこのように述べられている。 >仏教では、「悟り」の段階として、52段階あるとされている。仏教の開祖、釈迦は最高の52段階まで行った。龍樹は41段階まで行っ …