「絶対無の場所」とは、「世界そのもの」ではないか?
絶対無の「無」というのは、意識の視点から見た「無」であり、だが厳密には無ではなく「原意識」と呼ばれる潜在的性質が絶対無の場所にはある。
それと同時に、絶対無の場所には物理的構造を成り立たせる潜在的性質が存在する。
それら「原意識」と「物理的構造」が存在するための「背景場」が『絶対無』と呼ばれる場所ではないかと、そう思いました。
その背景場としての『絶対無』は、数学的イデアや概念を生み出す潜在的性質があり、
それが叡智界と呼ばれる、絶対無の潜在的性質である。
絶対無から「叡智界⇒意識界⇒有の世界」へと進化していった先が我々の顕在意識であり、
一方、絶対無から「物理的構造⇒物質」へと進化していった先が物質という存在である、
心的な性質と物理的な性質という二つの性質を持っているという性質二元論的な性質は、『絶対無』の場所においてのみ適応することができ、
そこから、唯物論的な世界に派生していった先が物質世界であり、
そこから、唯心論的な世界に派生していった先が意識である。
と、そのように『絶対無』のことを解釈しました。