ふるふる哲学

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世界は自由の場であり、我々は物理法則という制限を設定して存在しているという可能性

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現実世界において、我々人類は「宗教」という設定を創ることによって、意味や目的を見出して生きている。
別の言い方をすると「意味や目的」という制限を自らかけることを望んで生きていると言っても過言ではない。

そして、それはおそらく、真我の世界においても同様のことが行われている可能性がある。

つまり、我々の真我は「物理法則」という制限をかけることを自ら望み、物理法則という設定を自ら創ることにより、存在を見出しているということになる。

真我の世界は、非二元の世界であり、この世界においては「全てを創造することができ、全てを設定することができる」世界。
非二元の世界は「自由」なのだ。

この自由の大海原の中にいる真我は、自ら「意味」や「目的」を見出すために、自らに「制限」をかけることを望んだ。

それが、マルクス・ガブリエルの言うところの「意味の場」であり、我々の真我は「物理法則という意味の場」を創造した。

物理法則による宇宙以外にも、様々な設定の世界が存在する。

もしかしたら、魔法が使える世界も存在するかもしれない。

我々が想像できるフィクションは、実は全て存在するかもしれないのだ。

天界にいる存在は、天界という設定により創造された世界で生きている存在であり、
そう考えると、「世界を創造する際の設定の違い」なだけであり、その違いに優劣は無いと考えることもできる。

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