ふるふる哲学

今まで探求してきたものをまとめたメモ、「学びの過程」

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本来の自己を思い出す

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人間の文明の成長過程は、人間が赤ちゃんから子供時代を経て大人に成長する過程に似ているような気がする。

そして、ある段階で気が付く。赤ん坊の頃が一番神に近い存在であったということに。

エーリヒ・フロムの著書『自由からの逃走』にはこう書かれている。

・人間の社会史は、自然から人間が分離した時に始まった(始まった直後は、多くの束縛がある一方、帰属感と安心感があった)
※赤ん坊が生まれて、しばらく母親と一体である時期
→ 第一次的な絆

・中世末期に、西洋人は第一次的な絆から解放された
※思春期の子供は、自己を意識し始め、親の庇護から解放される

・解放と同時に、自由を獲得した。だが、自由を獲得すると同時に、社会的責任と孤独と不安が発生した
外的自由の獲得と共に、内的束縛を生んだ
→ 本質的自己と社会的自我の乖離 → 自由の重みに耐えきれなくなる → 自由からの逃走

・権威主義(権威に服従することによる安心感 → だが、第一次的な絆にはなり得ない)
・機械的画一性(本質的自己の封印による、社会的自我として生きる道)

・自由を求めれば孤独感が増し、孤独を解消しようとすれば自由がなくなる
→ 解決策:全統一的なパーソナリティの自発的行動
(自分の本当の思想と欲求を認識し、自由に付随する孤独を受け入れ、自発的な行動をすること)
→ 理想型:子供(真の自己の欲求に素直に従って行動し、また第一次的な絆にも守られている)
→ 社会的常識という匿名の権威から自由になり(内的束縛から脱却)、それによる孤独感を受け入れ、自由を自発的に獲得する
→ 自発的行為の過程自体を目的とする
→ 社会的な情報に影響されない自発的な行為
→ 自発的な行為をするためには
→ フロムの著書『愛するということ』に繋がる

参考:https://www.youtube.com/watch?v=CpYhLjKpsb0

~私個人の考察~
生まれたての赤ん坊は、母親からの愛情という庇護下に置かれている。
それは創造神から個人の魂が分離していない状態に似ている。

だが、大人に成長するに連れ、母親の庇護下から独立していき、
その独立に際して、自由を獲得すると共に苦痛も伴う。

そして、その苦痛の原因は「本来の自己と乖離した自我意識」にあったと、いつしか気付く。
そして、気が付く。
「赤ん坊の頃に無償の愛を持って育ててくれた母親、その母親の持つ無償の愛を『独立した自分自身』が持つことで、本来の自己を思い出せるのではないか?」ということに。

魂レベルで言うなら、世界の創造神である「神」が持つ『無償の愛』を、独立した自分自身が持つことで、本来の自己を思い出せるのだろう。

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