ふるふる哲学

学びの過程を記しています。新しい記事になるほど学びを深めた上での記事となります。

未設定

臨死体験-歴史 臨死体験のコアとなる部分

投稿日:

【臨死体験-歴史】
●臨死共有体験
>7世紀に迦才が臨死体験の収集書である「浄土論」を編集している。そこに収録された20例のうち1例は臨死共有体験であり、臨終者の側にいた全ての者が神仏の姿を見た、と記されている。

●伝統宗教との比較
~シャーマニズムとの関連~
>人類学者ナンディスワラ・テーロは、アボリジニ文化の「ドリームタイム(夢時間)」という概念が、臨死体験に類似していると指摘している。それは人の精神が死後に赴く場所であり、時間も空間もなく、そこを訪れた者は無限の知識に触れることが出来るという。

>ドイツの民族心理学者ホルガー・カルヴァイトによれば、アボリジニのみならず、世界中のシャーマンの文化の殆どすべてに、広大な超次元領域の描写があるという。そこには、人生の回想、教え導く役割を果たす教師的存在、想念によって現れる物質、美しい光景、などについての言及があり、そうした領域に旅する能力が、シャーマンになるための必要条件である。シベリアのヤクート人、南米のグアジロ・インディオ、ズールー人、ケニアのキクユ族、韓国のムーダン(巫俗)、インドネシアのメタワイ島に住む人々、カリブー・エスキモーなどの文化には、生命を脅かす病に倒れ、死後の世界を訪れたのちに、シャーマンになったという人々の言い伝えが残っているとされる。

~大乗仏教との関連~
>中国浄土教の僧善導は、死にゆく者がヴィジョンを見たらその様子を書き取るように、と他の僧に指示していた。こうした指示は少なくとも日本の鎌倉時代までは、仏教の1つの手本だった。実際にこうした時代の臨死体験の記述の多くは、浄土思想の資料の一部として保存されている。

>平安末期の浄土宗僧侶である源信の『往生要集』には、臨終の際に眩しく輝く光の仏阿弥陀如来を心に念じれば、阿弥陀如来が死にゆく者を迎えに来る、と記されている。『無量寿経』や『阿弥陀経』には、空間的に無限であり、限りない光に照らされ、個人の想念が叶う世界として浄土が描かれている。カール・ベッカーは臨死体験で出現するトンネルは、浄土の「蓮の茎」に相当するのではないかと述べている。

~チベット仏教との関連~
>チベット仏教における『チベットの死者の書』では、人が死から再生までの間に留まる霊的な次元が描かれている。「バルド・トドゥル」(中有・中陰)と呼ばれるその世界では、死者はまず目も眩む程の光明に出会い、それに勇気をもって飛び込めば解脱するとされる。バルド・トドゥルでは自分自身の意識の投影が、様々な神の姿を取って現れるという。

●記録の歴史
>臨死体験を記述していると思われる歴史的な文献については、『チベットの死者の書』、エジプトの『死者の書』、プラトンによる『国家論』、ベーダによる『英国の教会と人々の歴史』などが挙げられる。

>歴史家であるフィリップ・アリエスによれば、西暦1000年以前の人々は、死に瀕した時に、神の幻を見たことやすでに亡くなっている人々と会ったことを普通に語っていたという。また、ハーバードで宗教学の講義を務めるキャロル・ザレスキーは、中世の文献は臨死体験の記述であふれていると指摘している。15世紀のオランダの画家ヒエロニムス・ボスの「天上界への上昇」という作品には、天使に付き添われながら光のトンネルに入っていく人々の姿が描かれている。

>日本では『日本霊異記』『今昔物語』『宇治拾遺物語』『扶桑略記』『日本往生極楽記』などに臨死体験そっくりの記述がある。柳田国男の「遠野物語」には臨死体験の話が豊富に含まれている。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%AD%BB%E4%BD%93%E9%A8%93

【臨死体験のコアとなる部分】

暗いトンネルを通過して出口に明るい光を見る
光のトンネルに入っていく


神秘的あるいは強烈な光に遭遇する
美しい光景
限りない光に照らされている
目も眩む程の光明に出会う
神の幻を見る
無条件の愛に包まれ、宇宙と深く結びついていると感じる
心の安らぎ、とてつもない恍惚感


時間、空間が無い
空間的に無限


教え導く役割を果たす教師的存在
亡くなっている人々と会う
死後の世界の人々との意識交信


人生の回想
ライフ・レビュー


想念によって現れる物質
個人の想念が叶う世界
自分自身の意識の投影が、様々な神の姿を取って現れる


無限の知識に触れられる
無限の知識に触れ、未来が示される


死後の世界の階層を見る、死後の世界との境目を見る
目も眩む程の光明に出会い、それに勇気をもって飛び込めば解脱する

参考
https://karapaia.com/archives/52137088.html
https://tocana.jp/2020/10/post_173095_entry.html
https://onlylife.jp/blog/1/1-1/1-1-3/1-1-3-4/
http://osoushiki-plaza.com/anoyo/takai/takai1.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%AD%BB%E4%BD%93%E9%A8%93
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E6%AD%BB%E8%80%85%E3%81%AE%E6%9B%B8

忍者AdMax



忍者AdMax



-未設定

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

no image

心が世界を創る

私個人の直感としては… おそらく世界は全て「心」が創り出してるんだと思います。 宇宙空間・物質世界というのは、そういう世界を望む共通の想念を持った存在が創り出してる共有世界であり、もしかしたら死後のあ …

no image

雑記

プラトン、イデア論の記事を3つ投稿しました。   私自身は「魂」の存在は否定派です…   世界に意識は1つしか無く、仏教で言う「諸法無我」のごとく、「私」という自我は幻想でしかないと思うので、 「私」 …

no image

生きているだけで幸せなのだということに気付くことが人生である

生きているだけで幸せなのだということに気付くことが、人生である。 本当の幸せとは何か?どんなに金持ちになったとしても、どんなに社会的地位を得たとしても、それが果たして本当に人より幸せと言えるのだろうか …

no image

生物の進化と、魂の進化

仏教における、六道輪廻において、人間界のほうが畜生界(動物)より上となってます。 また、ショーペンハウアー哲学においても、植物を低位のイデア、最上位のイデアを人間と捉えています。 ベルクソンは「創造的 …

no image

スピリチュアルのワークと世界樹との関係についての考察(+クンダリニー・ヨーガ)

世界中のシャーマニズムの文化に見られる「世界樹」または「生命樹」世界樹は、天上世界と地上世界、地下世界を繋いでいる存在である。 その世界樹が、1人1人の人間の中にあると捉えた場合、「樹の幹」は天上世界 …