ふるふる哲学

今までいろいろな教えに触れてきましたが、私は「神人さん」の教えが、真の教えとしてとてもわかりやすく感じました。 神人さんの教えに興味のある方は「神人講演会」に参加されることをおすすめいたします。

未設定

初期中期プラトンのイデア論か?それとも後期プラトンのデミウルゴスか?

投稿日:

初期中期プラトンのイデア論は、よく知られたプラトンのイデア論であり、
「魂の想起説」や「輪廻転生」の概念などで有名。

対して、後期プラトンの哲学は「デミウルゴス」という神が登場し、イデアという概念は「形相」としての存在となり、
初期中期プラトンの言うイデア論とは違ったものとなっている。

また、デミウルゴスという神の概念は、アリストテレスの不動の動者という存在に近いものがあり、
アリストテレスの哲学においても、「形相」という存在があるということになっている。

初期中期プラトンのイデア論のような、天上界の存在や魂や輪廻転生といったスピリチュアルのような世界観が正しいのだろうか?

それとも、後期プラトンやアリストテレスの哲学のような、イデアという存在は「形相」として存在するような世界観が正しいのだろうか?

天上界としてのイデアか? 形相としてのイデアか?

どちらにしても、イデアが仮に存在したとしても、
「輪廻転生は存在するのか?しないのか?」という疑問もまだ残る。

イデアが存在したとしても、輪廻転生は存在しないというパターンも考えられるからだ。

輪廻転生が存在するとしたら「魂」という概念は存在するのであろう。

もしくは、もともと全生命は1つの意識から解離した意識という存在であり、死と共にもとの1つの意識に戻るから、
そもそも輪廻転生という概念そのものが変貌するというパターンもありそうである。

また、輪廻転生は完全に存在しないというパターンにおいては、「私」という存在自体が固有の「クオリア」であり、その「私」というクオリアが全宇宙の歴史において1度だけ出現するチャンスが与えられ、今この瞬間出現しているにすぎない、
というパターンが考えられる。
「私」という存在の形相が、全宇宙の歴史の中で1度限り出現し、
もし宇宙の歴史が1から再度繰り返されるとしたら、(永劫回帰)その時再び「私」という存在が現れる、というパターンになる。

いずれにしても、いろいろなパターンが考えられるため、「イデア」が存在するとしても、まだ未解決の疑問は残されるのである。

忍者AdMax



忍者AdMax



-未設定

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

no image

あらゆる哲学や宗教に共通すること

パルメニデスの言う「一なるもの」は、 プラトンの言う「イデア」であり 、 プロティノスの言う「一者」 ショーペンハウアーの言う「意志」 ウィトゲンシュタインの言う「論理空間」 ユングの言う「集合的無意 …

no image

支配的モナド、従属的モナドという概念から、知識不足な私が勝手に考察

2021年の出生数は81万人だったということを知った。 そして、「そうか…私という存在は、世界の人口約80億人のうちの1人なんだな…」という数の多さを考えてるうちに、「なぜ私は私なのか」という疑問を再 …

no image

女神信仰と「再生、覚醒、復活」について

人類最古の信仰→地母神信仰 世界中に見られる女神像・乳房、腹、臀部、女性器などの部位→極端に誇張(ほかの部位は極端に簡略化)・子に対しての慈愛の眼差し(複数の子に対して)→人間に対する母「母神」の姿 …

no image

補足2

~補足9~アメリカ出身ニール・ドナルド・ウォルシュ/著 『神との対話』書かれている内容に、凄く真理が含まれていると感じた。 まさに、現代の聖書と言っても過言ではない。 ~補足10~地球全体の生態系は、 …

no image

狩猟文化の世界観から見る仏教の役割についての考察

伝統文化の中でも、原初的な狩猟文化の世界観は、人類が数万年を生きた世界観であり、人間の心の構造を正直に反映した普遍的な価値観であると思われる。 だが、文明が発達した現代社会において特に、この世界観の中 …