ふるふる哲学

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自己解釈2

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一者はまず、「ヌース質料」と「質料」を流出させる。

質料は、物質世界を創る素材となり、ヌース質料はイデア界を創る素材となる。

一者から流出したヌース質料と物質的質料が、お互いに相互作用を起こすことで、
ヌース質料は一者を振り向き、形相を生み出し、「ヌース」となる。

このヌース質料が一者を振り向くことで形相を生み出すというプロセスが、仏教の唯識における「熏習」である。

ヌース質料は、唯識においては「種子」であり、ベルクソンにおいては「イマージュ」である。

そして生み出された「ヌース」が、唯識においては「阿頼耶識」であり、ベルクソンにおいては「純粋記憶」である。

このように、ヌースには「宇宙の全歴史」が記録されていく。
言うなれば、「アカシックレコード」みたいなものである。

この相互作用の繰り返しの中で、ヌースが進化していったものが「魂」であり、
魂は、唯識で言うところの「末那識」にあたるのであろう。
ベルクソンにおいては「純粋知覚」に近いところが魂にあたるのかもしれない。

これは私個人の全くの妄想であり、直接このことについて論じた本を読んだわけではない私が勝手に抱いた妄想である。
実際のところどうなのかは、このことについて論じた本でいつか確かめてみたい。

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